自由に生きたい。

30代の新米主婦。数年に渡る婚活、悩んだ末の結婚。そして結婚してから悩んだことや気づいたこと、決意などを書き留めていきます。

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英語の勉強をする上で、辞書は必需品である。

学校でも塾でも、知らない英単語が出てきたら、すぐに辞書を引いて調べることを習慣づけられた。

しかし、今家庭教師の指導させてもらっている中学生の学校では辞書を使っていないらしく、びっくりした!

先生が新出単語とその意味を書いた、単語表が生徒に配られているらしい。
教科書で知らない単語が出てきたら、それを見て意味を調べるという具合だろうか。

その単語表を見せてもらったが、
英単語と、教科書で使う意味しか載っていない。

発音記号やアクセント記号、品詞の種類や単語が持つ他の意味も載っていなかった。
それでいいのだろうか?

また、英語のノートがプリントだらけなのも気になる。
教科書の英文をノートに書き写して、日本語訳を書くというようなことは、していないらしい。
なので、教科書の始めに載っている英文も読み方が分からない・意味も分からないという状態だった。

なぜ?
15年くらいの間に、教育の仕方も随分変わってしまったんだなぁと思う。
時間はかかるが、英語のルール、be動詞の肯定文などの基礎から教えることにした。

勉強は、トライアンドエラーで身についていくものだと思う。
地味に思えるかもしれないが、
・知らない単語を辞書で引く
・繰り返し音読をする
・文法を理解して問題を解く
という基本を積み重ねていくことが大事だ。

ネットで調べてみると、英語の語順やbe動詞の使い方を理解しないまま高校生になっている生徒も少なくないという記事もあった。

先生も忙しくて一人一人のフォローは難しいのかなと思うが…基礎でつまづいている生徒は授業が進むにつれて分からないことが雪だるま式に増えてしまうことを想像すると、可哀想だなぁと思う。

基礎からつまづいている生徒向けの補講みたいなシステムがあればいいと思うけれど…学校での実現は難しいだろう。

私に出来ることを頑張ろうと思う。

もう寝る時間だが、いつも今くらいの時間から頭が冴えてくる。

もともと夜型人間なのと、夜の方が静かだからかなぁと思う。

受験生時代、家族皆んなが寝静まった後も、一人机に向かっていたことを思い出す。

現役生達は頑張っていることだろう。

そろそろ冬休み。
また家庭教師の依頼が入れば、頑張る生徒さんの役に立てるよう精一杯努めたい。

勘違い

中学2年生、中学3年生の問題を解いていくうちに、解けない問題が出てきた。

確率や因数分解の解き方などは、忘れてしまっている。

割と解ける!と感じたのは、中学1年生の問題だけだった…σ(^_^;)

分からない分野は、解説を読む。
解説を読んでも分からない問題は、ネットで調べると分かりやすく説明してくれているサイトがたくさんある。有難い。

もうすぐ冬休み。
2学期までの勉強をやり直すチャンスだ。
新しい依頼が来るのを待ちたい。

しもやけの思い出

数日前から急に気温が下がったせいか、足や手の指先が冷える。
しもやけになりそうな、むず痒い感覚がある。


小学生の頃は、手の指がよくしもやけになっていた。
昔の教室なのでエアコンなどはなく、とても寒かった。
授業中、マフラーや手袋をするわけにもいかなかった。
先生からはうがい・手洗いを推奨されていたので、休み時間ごとに冷たい水でしっかり手を洗っていた。
掃除の雑巾も冷たい水で洗っていた。
帰ってから湯船に浸かって手の指をマッサージしたりしたけど、しもやけの為に少し曲がってしまった指もある。

冬場の冷たい水はつらい。
今も学校の水は冷たいのだろうか。

自分で決めたい

自分で決めることは、自然な感じがする。

誰かに決められることは、無理矢理伸びる方向をねじ曲げられるような不自然さを感じる。


自分で決めて失敗することは怖いと思っていた。
しかし、実際にやりたいようにやって思うような結果にならなくても、何も怖いことはなかった。
必要以上に怖がらなくても大丈夫なんだと知った。

今の生活は私に合っていると感じる。
会社で忙しくしている自分も好きだったけれど、無理して頑張っていた部分がある。
毎日ストレスを感じていたので、胃も壊した。

今の自分は自然な感じがする。
それに気付かせてくれたこの環境に感謝している。

もしも

子どもの頃に戻れたら…
私は母さんと、
一緒にクッキーを焼いたり、
フェルトマスコット人形を作ったり、
バドミントンをして遊んだり…
そういうことがもっとしたかったなぁと思う。


将来もし私に子どもができたら、
その子がどんな子なのか、どんなことに興味があって、どんなことが好きなのか、観察してその子の性格を理解したい。

その子がやりたいことは、出来る限り応援してあげたい。

何かミスをしても、感情的にならずに、指摘するだけにしよう。

その子に対して、一人の人間として向き合って自分に出来ることをしたいと思う。

母の呪縛から逃がれる

私の母は、完璧主義で自分の価値観を押し付ける人だった。
子どもを大切に育てることと、自分の思い通りの子どもを育てることは紙一重だと思う。

母は何でも先回りしてやってしまい、結果的に私の自我の成長の機会を奪った。
例えば病院で、医師が私に「今日はどうしたの?」と症状を尋ねても、同伴していた母が答えるといった具合だった。
新しい服を選びに行っても、私が選ぶ前に母に決められている。
夏休みの自由研究は母の命令通りに従わなければいけなかったので、全然自由じゃなかった。
将来は○○という職業に就くよう決められ、そのために大学に行くように言われた。(その職業には就けなかったが)
父方の親戚の集まりに行きたくないと訴えても、「あとで困ることになるよ」と強制的に連行されていた。

その親戚の集まりには、社会人になってから行っていない。
ぶつくさ言われたが、「もし今後何か困ることがあっても、父方の親戚には頼らない」と決めたので、昔の脅し文句にも屈しなかった。

社会人になり、色んな人と接する中で私の考え方も変化していった。
そうした変化を感じ取ってか、母からは事あるごとに面と向かって「子育ての仕方を間違った」と言われた。
最初のうちはその言葉に傷ついていたが、途中から妹も同居しだして私の味方が増えたこともあり、
「それ言わんとって。そしたら、私らは失敗作ってこと?」
などと言い返すことができるようになった。

数年前には毒親という言葉を知り、もしかしたら…と思った。


ただ、当時の母は母で子育てに家事に一生懸命だっただろうし、勉強に関しては惜しみない援助をしてくれ、自分の物よりも私の参考書を優先して買ってくれて、大学まで行かせてくれたことには感謝している。

決して悪気があってのことではなかったとは思う。
だが、私が生まれてからつい最近まで母の価値観に縛られていたということは健全な状態ではなかったと思う。


10月の初め、ある件で私の意見と母の意見が食い違うことがあった。
電話でのやり取りだったが、母はすごい剣幕でまくし立ててきた。
「人としての道を外れとる。私の意見の方が、世間の常識。あんたはおかしい。なんで分からんのん。」
などと言われた。

何かよく分からない圧迫したものが私を襲ってきて、胸が苦しくなってきた。
私から冷静な判断力を奪う。
母は従うしかない空気を押し付けてくる。

いつものように母に従っていれば、余計なトラブルにならなくて済む…
負けそうになったその時、
私の中で何か新しいものが生まれた。
気づきとも言うべきものだ。


私を苦しませていた元凶は、これだ。
今、私は変わる時なのだ、と感じた。

それからは、冷静な考えが浮かんできた。
私は母に言った。
「なんで母さんはいつもそうなん?
なんで一つのことが気に入らんだけで、全てがダメみたいな、私の全人格を否定するようなことを言うん?
世の中の常識って言うけど、考え方や価値観は人それぞれやし、母さんの考えだけが正しいことはないやん。
自分の価値観を押し付けるようなことは言わんといて。」

母はハッとしたようで、それからは取り繕うような声のトーンになった。
もう話すこともないので、電話を切った。


「母の呪縛から逃がれる」というよりも、「母からの自立」だったのかもしれない。
私の中に、母を頼りにしていた弱さがあったことも自立の妨げになっていたように思う。

私が自分の意見を言ったからといって、母との関係が険悪になったわけではない。
むしろ、ようやく違う人間として認識してもらえたように思う。

私にとって、大きな一歩だった。